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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)5039号 判決 1957年3月09日

原告 小田泰蔵

被告 株式会社八芳園

主文

被告は原告に対し金五十万円及びこれに対する昭和二十九年三月二十二日から支払いずみまで百円につき一日二十銭の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告が十万円の担保を供するときは、第一項にかぎり仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、被告会社の取締支配人鈴木好雄に対し、昭和二十八年十二月二十二日金五十万円を利息年一割、弁済期昭和二十九年一月二十一日、期限に元金を弁済しないときはその翌日から、支払いずみまで百円につき一日三十銭の割合による違約損害金を支払うことを約して、貸与した。被告は昭和二十九年三月二十一日までの違約損害金を支払つたが、元金及び昭和二十九年三月二十二日以降の損害金を支払わない。

二、仮りに、鈴木が被告から、支配人の権限を与えられていなかつたとしても、昭和二十八年十二月二十二日当時鈴木は被告会社の取締役であり、その頃被告は鈴木に支配人という名称を附して、同人を被告の営業のため使用していた。右事実は、被告が第三者に対し、被告の営業に関し金銭借り入れの代理権を鈴木に与えた旨を表示したものである。その故被告は、鈴木が原告となした前記消費賃借契約につき、民法第百九条によつて支払いの義務がある。

仮りに、右主張が認められないとしても、昭和二十八年十二月二十二日当時、被告は鈴木に対し、被告会社の従業員を雇い入れる代理権を与えていた。ところで、原告は、被告が敷地一万八千余坪、従業員六十余名を使つて営業をしているのに、支配人と称する者は鈴木だけであつたから、鈴木が被告のため、原告と本件消費貸借契約をすることができる代理権限をもつていたものと信じて、鈴木と前記消費貸借契約をしたのである。従つて、民法第百十条に基き、鈴木のなした行為につきその責を負うべきである。

三、よつて被告に対し、貸金五十万円及びこれに対する昭和二十九年三月二十二日から、支払いずみまで、約定損害金一日三十銭のうち二十銭の割合による部分の支払いを求める。

立証として甲第一号証から第三号証を提出し、証人倉持徳次、鈴木好雄、長谷節江の各証言、並びに原告本人尋問の結果を援用し、「乙第一号証、第二号証の一、二が真正にできたものであることを認め、第二号証の一、は利益に援用する。」と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「昭和二十八年十二月二十二日当時、鈴木が被告会社の取締役であつた事実、及びその頃被告が鈴木に支配人という名称を附して、同人を被告の営業に従事させていた事実は認める。」と述べ、進んで、次のように陳述した。

被告が鈴木に附した支配人という名称は、商法第三十八条に示すような、支配権を与えてつけたものではない。近年料理業者がその使用人に支配人という名称を附しているが、この支配人は、営業の宣伝、宣会等の申込み先きとの打合せ、或いはこれらに関する内部準備、手配等を仕事とする、いわば外交員に似たものであつて、商法でいえば番頭、手代のように特定事項の委任をうけて仕事に従事する使用人である。鈴木の場合もその例外ではなく、同人がその名刺に支配人という肩書をつけて、これを使用していたのは、単に外交上の便宜にすぎない。

原告主張の消費貸借は、原告と鈴木好雄及び倉持徳次との間に成立したものである。すなわち、長谷峯蔵は昭和二十五年五月頃から、もと久原房之助の邸を借りて料理業を始め、同年十一月倉持を、昭和二十六年三月頃鈴木を雇つて使用したが、長谷は昭和二十七年九月頃従前の右営業を、被告会社を設立してこれにあたらせ、そのときから鈴木、倉持を取締役に選任登記したが、しかし実質的には両名は単なる一使用人にすぎず、昭和二十八年十二月頃鈴木は外交の仕事、倉持は会計の仕事に従事していた。鈴木は昭和二十八年六月頃被告会社の金を流用費消し、その穴埋めのために昭和二十八年十二月頃倉持と相談して、原告と右両名との間に本件消費貸借が成立したのである。右の事実は、甲第一号証(抵当権設定金員借用証)によれば、鈴木、倉持らが使用している印は、同人らの個人用の印鑑であり、また担保にいれた物件は鈴木の不動産である。あるいはまた、債務者鈴木の肩書には、「株式会社八芳園取締役支配人」と記載し、倉持の肩書には、「連帯債務者株式会社八芳園取締役会計主任」とあるが、倉持が同じ会社の取締役会計主任として、会社の支配人の借入れに連帯債務者となることは意味のないことである。以上の事実からみても、本件消費貸借が鈴木、倉持らのいわゆる個人債務であることが明らかである。

被告は、第三者に対し鈴木に金銭借り入れの代理権を与えた旨を表示したことはない。

仮りに、鈴木に何らかの代理権があつたとしても、被告会社の代表者長谷は、被告会社のほか、「株式会社長谷」という料理業を目的とする会社をも主宰している。長谷は、右二会社の運営のため、「本部」をおき、本部には総務部、仕入部、経理部の三部があつて、これら各部が右二社に関する人事、経理(出納、税務、会計)はもとより、材料の仕入、運搬、営繕その他一切の業務を行つている。右二社は本部の指揮に従つて営業をなす単なる一現場にすぎない。現場は顧客の確保、宴会等の場合におけるサービスの提供、飲食代金の集金及び集金したものを本部に送金する仕事に限られている。原告はこのような事実を知つて鈴木と本件消費貸借をしたものであり、この点に関する原告の主張はあたらない。

以上のとおり述べ、立証として乙第一号証、第二号証の一、二を提出し、証人長谷節江、長谷誠彦、山下茂の各証言並びに原告本人尋問の結果を援用し、「甲第二号証、第三号証が真正にできたことを認め、第一号証が真正にできことを否認する。」と述べた。

理由

請求原因第一項について

鈴木好雄が、昭和二十八年十二月二十二日頃被告の使用人であつて、その頃被告は鈴木に支配人という名称を附し(但し商業登記はしてない。)、自己の営業に使用していた事実は、当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一号証、同じく第二号証の一、二、証人倉持の証言によつて成立が認められる甲第一号証と証人倉持、鈴木、長谷節江の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実が認められる。

鈴木は、被告会社に在職中であつた昭和二十八年十二月以前、被告会社のため集金した飲食代金の一部を費消し、これを補填するため昭和二十八年十二月中旬頃倉持に対し、「こげつきを整理するため、五十万円を借りてもらいたい」といつて、倉持に借入れることをたのんだ。倉持は、この頃同郷の友人であり、かつ、もと被告が女中を雇い入れるにつき斡旋をたのんだことのある原告に対し、「被告会社で必要だから」といつて五十万円を借りたいと申込んだ。そのとき原告が担保物件があるというと、倉持は鈴木から指示をうけていた、東京都世田谷区上北沢(甲第一号証の写には、上西沢とあるが、誤記と認める。)三丁目一〇八〇番地所在の宅地四十六坪の土地があると答えた(この土地は当時は日本電建株式会社の所有名義であつた。)そこで原告は他から五十万円を借りて、この金と、あらかじめ原告が作成した甲第一号証の抵当権設定金員借用書(但し末尾の債務者、連帯債務者の表示の部分を除く)を持つて、昭和二十八年十二月二十二日頃被告会社に倉持を訪ね、会社の応接室において倉持と会談した。そのとき倉持は、甲第一号証の末尾の債務者というところに、「株式会社八芳園取締役支配人鈴木好雄と、また同じく連帯債務者というところに、「株式会社八芳園取締役会計主任倉持徳次」と記入し、予め鈴木から預つた印を用いて鈴木の名下、自分の名下には自己の印を使用してそれぞれ捺印し、これを原告に交付し、原告から五十万円を受取つた。なお甲第一号証の表に書いてある「五拾参万円也」という文字のうち「参」の字が消されているのは、原告は五十万円に対する利息が月六分の割合であつたから、この利息を含めて元金を五十三万円と予め記載したところ、右同日倉持から利息三万円の支払いをうけたゝめ、「参」の字を抹消したものである。そして甲第一号証には、元金五十万円、利息年一割、弁済期昭和二十九年一月二十一日、弁済期に履行しなかつたときは元金百円につき一日三十銭の割合による違約損害金を支払う等と記載され、担保物として、前記の土地を表示してある。

次に[包足]ではあるが、倉持は会計係として保管していた金のうちから、長谷節江にも告げず、また正式に記帳もしないで、原告に対し昭和二十九年一月及び二月に各三万円宛利息として支払つた。倉持は昭和二十九年三月三十日附をもつて、「支配人鈴木好雄氏の集金使い込みを未然に防ぐことが出来ず云々」と理由を書いて、辞職願いを被告に提出し、その頃鈴木と一緒に被告会社を辞めた。

以上の事実が認められる。すなわち、被告会社の会計主任倉持は、被告会社の支配人鈴木を代理して、昭和二十八年十二月二十二日頃原告から五十万円を、弁済期昭和二十九年一月二十一日、利息年一割(但し実際は月六分)期限後の損害金は百円につき一日三十銭の割合とし、前記土地に抵当権を設定するという約束のもとに借りうけたものである。

原告は、鈴木は商法第三十八条第一項に示す支配人であると主張し、被告はこれを争うから、この点について判断しよう。

支配人という名称を用いて使用人を選任しても、その名称だけで直ちに、商法にいう支配人が選任されたものと認めることができず、支配人選任の有無は、主人から営業に関する支配権を授与する旨の意思表示があつたかどうかによつて、判定すべきである。ところですべての証拠によつても、被告が鈴木に対し、被告の営業に関する一切の支配権を与えた事実は、認められない。

成立に争いのない甲第三号証と証人長谷誠彦の証言、証人長谷節江、鈴木好雄の証言の一部を綜合すれば、「被告は飲食店営業並びにこれに附帯する一切の事業を目的として従前長谷峯蔵が個人で営業をしていた、料理屋八芳園を経営するため昭和二十七年九月頃設立し、その営業を引継いた。被告会社は資本金五百万円、取締役は長谷峯蔵、長谷誠(別紙長谷誠彦)、徳山邦夫、外二名、及び当事者間に争いのない鈴木、明らかに争いのない倉持らであり、監査役は長谷節江外一名である。被告はその構成からみれば、長谷峯蔵のいわゆる個人会社と窺われる。長谷峯蔵は昭和二十九年十二月頃、同種の営業を目的とする、「株式会社長谷」をも経営し、(長谷には治作という名称をつけた店舗ほか六ケ所の店舗がある。)、この会社も長谷峯蔵の、いわゆる個人会社のようにみられる。長谷峯蔵は昭和二十九年十二月頃前記二会社経営のため、銀座に、法人組織ではないが「本部」というものを設け、本部に総務、経理、仕入の三部をおき、これら各部によつて材料の仕入、運搬、人事、資金のそうさ等をさせていた。被告会社の取締役徳山は同時に本部の経理部長を兼ねていた。従つて前記二会社、いわゆる「会社の事務」はすべて本部においてとられ、被告(つまり八芳園)は専ら客に飲食を提供するだけの仕事をしていた。鈴木は八芳園で支配人と呼ばれていたが、同人は八芳園の従業員の指揮監督、或いは客の誘引並びにこれに附帯する仕事を担当し、ときに飲食代の集金等もしていた。」このような事実が認められる。つまり鈴木は支配人という名称をつかつていたが、主人にかわつて営業に関する一切の支配権をもつていたものではなく、番頭ていどの地位にあつたもののようである。

ともあれ、鈴木が被告から、被告の営業に関する一切の支配権を与えられていた事実が認められないから、原告の請求は理由がない。

請求原因二について

民法第百九条に基く主張について判断するが、先ず、被告が鈴木に代理権を与えた旨を、第三者に表示した事実の有無について判断しよう。

鈴木が、昭和二十八年十二月二十二日当時、被告会社の取締役であつた事実は、当事者間に争いないが、この事実は、被告が第三者に対し、右代理権を授与した旨の表示とはみられず、また既に説示したとおり、倉持が鈴木に代理して甲第一号証に、「支払人鈴木好雄と記載した事実も、被告が原告に対し、鈴木に代理権を与えた旨を表示したものとは、認めることができない。次に、昭和二十八年十二月頃鈴木が自分の名刺に被告会社の支配人と表示して、その名刺を使用していた事実は被告の自認するところであり、証人鈴木、倉持の証言によると被告は昭和二十八年以前から、鈴木の氏名に、同人が被告会社の支配人である名刺をつかわせていた事実が認められる。いうまでもなく名刺は、他人に対し、自分の氏名、住所職業等を知らせるために交付するものであるが、被告が前記のように、鈴木の名刺をつくつて、鈴木にこの名刺をつかわせていたことは、被告が不特定の第三者に対し、被告の営業に関し、鈴木に支配権を与えた旨を、表示したものとみるのが妥当である。

進んで前記認定した消費貸借は、被告の営業に関する行為であるかについて判断しよう。右判断にあたつては、具体的行為がその行為者の内心の意思においても、また、その結果においても真実その営業のためなされたかどうかを問はず、抽象的にみて、その行為が主人の営業のためなされうべきものであるときは、すべてこれを包含するものと解すべきであろう。従つて金銭貸借の如き行為は当然支配人の権限に属し、実際は営業以外の目的のためになされた場合であつても、主人はその責を免れることができない。このように解するときは、被告会社の支配人鈴木が昭和二十八年十二月二十二日原告とした、前記認定の消費貸借は、鈴木が被告会社の営業に関してなした行為である。

次に、民法第百九条の場合は、被告が原告の悪意であることを立証したときは、被告はその責を免れることができると解するから、この点について判断する。被告は甲第一号証の記載の体裁からみて原告と鈴木との個人貸借だと主張する。なるほど既に認定したとおり、甲第一号証には担保物件としては鈴木の提供した土地が表示されている。また、債務者鈴木の肩書及び連帯債務者倉持の肩書等からみれば、債務者も連帯債務者も、ともに被告というようにみられないわけではないがこのような事実から、原告が、被告か第三者に対し鈴木に代理権を授与した旨を表示したことに関し悪意であつたとは認められず、ほかに原告が悪意であつたことを認めるにたる証拠もない。

このように判断すると、被告は鈴木が原告から昭和二十八年十二月二十二日借りうけた五十万円及びこれに対する約定損害金百円につき一日三十銭の割合による金員を支払う義務がある。しかし原告は五十万円及びこれに対する昭和二十九年三月二十二日から、支払いずみまで百円につき一日二十銭の割合による金員の支払いを求めているから、被告は右金員を支払わなければならない。

よつて原告の請求を正当と認め、民法第百十条に基く請求原因について判断をしないで、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石橋三二)

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